共有相続人に“行方不明者”がいるときの不動産売却 ――方法論と実務ポイント
「相続人の一人がつかまらない。けれど家は売りたい」――現場でよく遭遇する難題です。共有名義の不動産は原則として全員の同意がないと処分(売却)できません。そこで使える法的ルートを、スピード重視の任意売却ルート/制度活用ルート/裁判ルートの3本立てで整理し、実務の詰めどころまで踏み込みます。民法や家裁実務の要点に基づいています。
全体像(最短でゴールに近づく道順)
任意売却を目指す本命ルート 不在者財産管理人の選任 → 家裁の許可 → 売却
行方不明の相続人を「法的に代理」できる人(不在者財産管理人)を家庭裁判所で選んでもらい、その管理人が家裁の権限外行為許可を得て売る流れ。
任意売却の価格・スケジュールを自分たちで組みやすいのが最大の利点です。 2023年施行の“所在等不明共有者”向け制度を活用 共有者の所在が分からないとき、他の共有者だけで管理や変更(売却に相当)を決める裁判や、所在等不明者の持分取得(買い取り)裁判が使えます。 ※相続を原因とする共有(いわゆる遺産共有)では、原則相続開始から10年を経ていること等の要件が絡みます。
最後の手段:共有物分割の訴訟(競売含む)
協議できない/合意が整わないなら、裁判所に共有物分割を請求。現物分割が難しいと競売になり、相場より安くなることが多いのが痛点。行方不明者には公示送達で訴状を届けたものと扱います。
長期不明なら:失踪宣告 7年以上の不明(災害・事故等は1年)で失踪宣告を申し立て、法律上「死亡」とみなして相続を開始させる方法。使える場面は限られますが、相続関係をシンプルにし直せます。
ルート別の実務ステップ
A. 不在者財産管理人で任意売却(最も現実的)
① 家庭裁判所へ申立て
申立人:利害関係人(他の相続人など)
管轄:不在者の従前の住所地等を管轄する家裁
ポイント:所在調査の実績(住民票の附票等の履歴、連絡試行の記録)を丁寧に添付。
② 管理人選任後の権限設計
管理人の通常権限は「保存・管理」まで。
売却や遺産分割に参加するには家裁の許可が必要(権限外行為許可)。
売却条件(価格・相手方・仲介の有無)を具体化して申請。
③ 売却実行・代金の扱い 許可を得て売却。
不在者に帰属する持分相当額は供託する取扱いが一般的。登記には、管理人選任審判書と許可審判書を添付。
利点:任意売却のため価格棄損が少ない/スケジュールを自分たちで引ける
留意:選任時に予納金や担保を求められることあり。管理人には報告義務も。
B. 「所在等不明共有者」向けの新制度(2023年4月~)
1) 共有物の管理・変更を裁判で決定 管理は持分価格の過半数で決められる(従前)/変更に準ずる重要行為は4分の3以上で決定可。所在不明者がいても、裁判所の関与で意思決定を前に進められます。
2) 所在等不明共有者の「持分取得」裁判(民法262条の2) 相当対価を供託して、所在不明者の持分を裁判で取得する仕組み。これで“全員一致”が不要になります。条文の位置づけは民法262条の2。
3) 共有物の処分(売却等)に裁判所の許可(民法251条2項等) 所在不明共有者がいても、他の共有者の同意+裁判所の許可で変更=売却を可能にする枠組み。
4) “遺産共有”に関する時間要件 共有が相続に由来する場合、これらの特例は相続開始から10年経過等の要件に左右されます。相続直後は原則「遺産分割」で解決するのが先。制度の使い分けに注意。
利点:不在者財産管理人を置かず前進できる/“持分買い取り”で一気に単独化も
留意:使える場面・要件の見極めが難しい(遺産共有の10年要件が典型)。
C. 共有物分割の訴訟(最終手段) 協議不調・協議不能なら民法258条に基づき裁判所に分割請求。現物分割が困難なら競売の判断になりやすい。行方不明者には公示送達で手続を進める。
デメリット:競売は市場価格より落ちやすい。実入り重視なら、AかBで任意売却を狙いたいところ。
申立て・許可で“通る”ための実務メモ 所在調査の尽力を可視化 電話・郵送履歴、関係者への照会、住民票の附票・戸籍の連続取得など、「連絡不能」を裏づける材料を丁寧に添付。
価格の相当性 家裁の許可では価格の妥当性が肝。複数査定、固定資産評価・公示地価の比較、近傍成約例を資料化。 使途と保全 不在者持分の売却代金は供託方針を明示(管理人ルート/持分取得ルートとも)。
書類セットの基本
申立書、相続関係説明図、戸籍一式、固定資産評価証明、登記事項証明、物件資料、査定書、売買予定条件書(買付証明・媒介契約案)など。 どの順番で動く?(実務フローの推奨)
所在調査の記録化(メール・郵便・電話・SNS・実地訪問のログ化)
ゴールの選択
早く・高く売る:A. 不在者財産管理人 → 許可 → 任意売却
管理が長引く/単独化したい:B. 持分取得や変更許可の活用
協議不能・膠着:C. 共有物分割(競売覚悟) 家裁の手続準備(A・Bいずれも)
売却実行・代金供託・登記
ありがちな落とし穴 「相続財産管理人」との混同 相続人不明・不存在の案件で使うのが相続財産管理人。行方不明の特定相続人がいるなら、まずは不在者財産管理人です。 遺産共有の10年要件を見落とす 相続直後は、Bの特例が使えないことがある。まずは遺産分割(Aの管理人経由を含む)を検討。
競売の価格下落 訴訟で競売に流れると、任意売却より手取りが減りやすい。早期にAまたはBへ舵切りを。
まとめ(意思決定の指針) スピード×価格なら、不在者財産管理人+家裁許可で任意売却が第一選択。
制度面での前進が必要なら、所在等不明共有者の特例(管理・変更の決定、持分取得)を検討。ただし遺産共有の10年要件の壁を必ずチェック。
膠着時の出口は共有物分割訴訟(公示送達/競売)。最後の手段と割り切る。
本稿は制度の全体像と実務の勘所を示すものです。実装段階では、家裁の運用や物件・相続関係の個別事情で最適解が変わります。司法書士・弁護士への並走依頼を前提に、最短距離のルート設計をどうぞお考え下さい。